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東京ネフロブログ

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感染対策にアパッシオナート!

東京では先日数年振りの大雪が降り、寒い日が続いていますね。冬になり、気温と湿度の低下に伴って感染症が増加する時期になりました。 冬の感染症と言えば、インフルエンザを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?去年はコロナ禍後だったため例外的に一年を通して流行していましたが、やはり現在も感染する方が増えています。また、去年5類感染症になった新型コロナも更に型を変えて現在も緩やかに感染者数を増やしていま

腎臓病とがんと病理と

病理学とは 臨床を数年間経験した頃、自分の中で臨床について疑問を感じるようになったことがある。外科的治療にしても内科的治療にしても、臨床では理屈よりも経験則を重視することが多い。これは臨床とはまだまだ多くの不確定要素を含む医学であるという意味でもある。医局人事や徒弟制度などにも息苦しさを感じ始めていたこともあって、自分で病気の本質を見極めたいと思い、大学院に行くことを決意した。大学院生としては既に

キャンプと透析

私の趣味の一つにキャンプがあります。 2017年から本格的にキャンプを始め、今年で6年目になります。 最初はコテージを借りて、キャンプをしている人達を参考にしてどのようなものが必要なのかを勉強してから徐々に始めました。見様見真似でうまく行かない事も色々ありましたが、キャンプの楽しさを知ってしまい、今では家族でドはまりしています。(家族5人、愛犬2匹) はじめは、虫が出るし 風呂トイレは心配だし 外

電車の中だけ読書の秋

通勤電車で唯一の楽しみが本を読むこと。 「博士の愛した数式」小川洋子著 新潮文庫 本屋で手に取りパラッとめくったら、数字や数式が目についたので数学マニアの本かなと思って読みましたが、全然純文学でした。帯に「270万人が泣きました。」と書いてましたが、涙は出ませんでした(笑)。 「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になる訳でも、お金が儲かる訳でもない。・・・(中略)・・・・真実を見出すこ

熱中時代

毎日まだ暑い日が続いてますね。今年は7月中旬頃から猛暑ではなく酷暑と言われる日々が続いており例年よりだいぶ多くの人が熱中症にかかっている人が多いようです。10代で最も体力のある学生さんが部活帰りに搬送され重体になっているニュースなどを見ていると他人事のように思えませんよね。 自覚症状に気づき自分で訴えることのできる人は対処も早く重篤な状態にならず処置を受けることができると思いますが、体液バランスの

スマホと自転車

電車に乗ると大体7割ぐらいの人たちはスマホを見ている気がする。中には仕事の情報交換のために、スマホを使っている人もいるだろうが、ほとんどはゲームや暇つぶしとしてスマホを使っているらしい。高齢者が前に立っても、スマホに熱中していて、席を譲ろうとしない時も見かける。高齢者に気づいているのか、気づいていないのかは定かではないが、実は気づいていて、スマホが大義名分になっている節もある。昔アメリカに住んでい

古道を訪ねて

2ヶ月ほど前に、疎開先だった信州の友達に誘われ、半世紀ぶりに昭和20年から小学生まで過ごした曾祖父の家を訪れました。当時と家並みは変わっていましたが、野山は当時のままで友達と駆け巡ったことなど、思い出話に花が咲きました。 長老の話によると、現在の車社会になるまでは家と家とのいわゆる「家道」があり、産業の発達とともに馬や荷車が通れるように広くなったそうです。「家道」には子供たちが学校に通ったり、近隣

マイナ、いいな?

マイナンバーカードの普及が進み、当院に受診される患者様もマイナ保険証で受付される方が増えてきました。 私自身も「最大20,000ポイント付与!」という誘い文句に釣られて、割と早い段階でマイナンバーカードを作成し、保険証の利用登録をした一人です。 マイナンバーカードを保険証として使うメリットとして、受付した際にお薬の情報や一部の診療情報(透析も含まれています)・特定健診の結果の提供に同意していただく

ネフロとは腎臓という意味です

東京ネフロクリニックの事務をしている者です。私は20数年間、医療品の発注や購入などの仕事を主にしてきました。入社した当時から比べると医療の進歩はすさまじいなと感じています。エリスロポエチンがダルベポエチンになり、週3回の注射が週1回になったり。どんどん水がより綺麗になり、オンラインHDFが出てきたり。ダイアライザーも進化しました。オーバーナイト透析や個室透析、自宅で行う透析、それに患者さんの自宅ま

臨床医にとっての研究とは?

私は長年研究生活を続けた後、医師を辞めて基礎研究者として飯を食っていくと決めたことがあります。数年間に渡り、30ヶ所以上の研究施設の教授や部長ポストに応募しましたが、結果はすべて落選でした。最後に某大学医学部の教授選の最終選考まで残りましたが、落選したので、プロの研究者の道を諦める決心をしました。後になって、そこの教授になった人が同じ大学内から選ばれたと知り、あれは結局出来レースだったのだなと思い

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