MENU

スタッフ募集

お問合せ

東京ネフロブログ

Blog

腎臓病とがんと病理と

病理学とは

臨床を数年間経験した頃、自分の中で臨床について疑問を感じるようになったことがある。外科的治療にしても内科的治療にしても、臨床では理屈よりも経験則を重視することが多い。これは臨床とはまだまだ多くの不確定要素を含む医学であるという意味でもある。医局人事や徒弟制度などにも息苦しさを感じ始めていたこともあって、自分で病気の本質を見極めたいと思い、大学院に行くことを決意した。大学院生としては既に少々歳はとっていたが、それまでは臨床付けの毎日だったので、サイエンスへの憧れは強かった。どうせ大学院に行って研究するなら、臨床とは一番縁の遠い分野で研究をしたくて、生化学教室を希望したが、医局の都合で病理学教室へ行くことになった。病理学は大学時代には苦手な意識しかなく、ひどい赤点を取った科目でした(笑)。最初は顕微鏡を見るのも辛かったのですが、大学院で毎日顕微鏡を朝から晩まで患者さんの標本を見ていると、段々と病理の面白さが分かってきました。同じ病名でもがんの顔つきが人によって微妙に違う。さらに、がんの形態にいくつかのパターンがあることがわかってくると、その患者さんの予後も予想できるようになる。臨床医にはない特殊能力を得たような気持ちになり、ちょっとした優越感を感じました。

天文学では望遠鏡の精度を上げて、より遠い星の観察にチャレンジします。ただし、遠い星を見つける事だけが目的ではなく、宇宙の起源や地球外生命の発見など多くの目的があります。細胞の中はまさに宇宙と同じ。病理学も顕微鏡の精度を上げれば、今まで見えなかった物が見えてきます。また、今まで見えていたのに、ただ気が付かなかっただけということも分かってきます。ただし、病理学には病気の原因やプロセスを明らかにするという目的もあります。

世界は分けても分からない

病理学を通して、わかったことがあります。研究者は唯物論的思考に基づき、あらゆる現象を細かく分類することによって、それらのメカニズムを理解しようとします。病理学は広い意味で分類学の一つであり、同じような思考法をします。例えば、大腸がんの組織を分化度の違いから、高分化型や低分化型に分類します。低分化型は浸潤や転移をしやすいことなどが分かっていますから、重要な情報になります。しかし、なぜ人によって分化度が違うのか、全くわかりません。そもそも、正常とがんを病理学的に区別ができても、なぜそこからがんが突然発生したのかも分かりません。

分子生物学者の福岡伸一先生は、世界は分けてもわからないと言いました。正常とがんの境界部分をどんどん倍率を上げて見ていくと、その境界がわからなくなります。正常細胞からいつの間にかがん細胞に変わっているのです。つまり、正常細胞とがん細胞の違いは0か100ではなく、その間にグラデーションが存在します。同じように、0と1の間にもグラデーションが存在します。慢性腎臓病においても同様で、病理学的に細分類して病名をつけても、腎臓病のメカニズムを完全に理解することはできません。なぜ糸球体が壊されて、どうしたら慢性腎不全を治せるのか、病理学では分からないのです。病理学では将来予測はできても、原因を推測するまでが限界で、因果関係は証明できません。

でも病理は大事

現在は分子生物学が全盛の時代です。分子生物学とはあらゆる生命現象を分子という言葉で生命の因果関係を理解しようとする学問。ただし、細胞の中の分子や遺伝子を直接見ることはできないので、本当にそのような分子たちがリアルタイムに細胞の中で動いて活動しているかは分かりません。一方、病理で見る形態はリアルワールドです。遺伝子や分子が劇的に変化した結果、形態が変わる。病理学は結果である形態から病気の原因を探ろうとします。分子生物学が演繹法的とすれば、病理学は帰納法的と言ってもいいかもしれません。近年の分子生物学の発展で病理学は隅に追いやられ、軽視される傾向にあります。研究者の中には、分子生物学の結果に辻褄が合うように、病理を勝手に解釈する者もいます。しかし、これは本末転倒です。形態変化を起こした理由を分子の言葉で説明しなければいけません。目に見えない分子だけで病気を説明するのは要注意です。結局、病気を理解するには病理学と分子生物学の両方が必要なのです。

当時、病理学の大学院に行く選択をしたことは間違っていなかったと思います。そして大学院を卒業後、分子生物学を学ぶために渡米したのも、今から思えば、必然だったように思うのです。

院長

pagetop